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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)2245号 判決

控訴人

株式会社関西鉄工所

右代表者

武村富治夫

右訴訟代理人

大橋光雄

被控訴人

マルベニ・アメリカ・コーポレイシヨン

右代表者先任副社長

ヒロシマ・コウジ

右訴訟代理人

廣川浩二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一米国ワシントン州キング郡管轄上級裁判所が一九七四年(昭和四九年)九月一七日、被控訴人と控訴人間の同裁判所第七一三二四五号事件について「控訴人は被控訴人に対し、金八万六〇〇〇アメリカドルを支払え。」との本件外国判決を言渡し、右判決は同年一〇月一七日確定したこと、一方、控訴人が右訴訟に対応し、被控訴人を相手方として大阪地方裁判所に右外国判決で支払を命じられた債務の存在しないことを確認する旨の訴訟(同裁判所昭和四五年(ワ)第六六八六号損害賠償義務不存在確認請求事件)を提起し、昭和四九年一〇月一四日、同裁判所が控訴人勝訴の本件内国判決を言渡し、右判決は本件外国判決より後に確定したこと、その後、被控訴人が我が国において本件外国判決に基づく強制執行をするため、昭和五〇年八月三〇日、廣川弁護士(原審の相被告)に委任して、控訴人を相手方として大阪地方裁判所に本件執行判決訴訟(同裁判所昭和五〇年(ワ)第四二五七号事件)を提起したが、右訴訟においては本件内国判決のあることを理由に請求却下の判決がなされ、控訴人の勝訴が確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二〈証拠〉を総合すると、被控訴人は本件外国判決についての執行判決を求めるため、米国の顧問弁護士パイパーを通じて我が国の国際私法の専門家である藤田弁護士に依頼し、次で同弁護士を介して廣川弁護士(同弁護士も国際事件担当の実務家)にその訴訟手続一切を委任したこと、そこで、廣川弁護士が被控訴人の訴訟代理人として本件執行判決訴訟を大阪地方裁判所に提起したこと、同弁護士は右訴訟提起の当時、被控訴人と控訴人間において同一の権利義務の存否につき本件外国判決と矛盾牴触する本件内国判決の存在することや米国ワシントン州において「他の確定判決と牴触する外国判決は承認しない。」旨を規定した統一外国金銭判決承認法(以下、ワシントン州法という。)があることなどを知らなかつたけれども、右訴訟の進行にともない控訴人側の提出した防禦方法等によりこれらの存在を知るに及び、直ちに藤田弁護士とともにこの問題に関する我が国の判例、学説等につき慎重に調査、検討した結果、このように相矛盾牴触する内、外確定判決が並存する場合、その優劣は確定の前後により決すべきであり、またワシントン州法の存在もそれぞれの国における内国法の問題にすぎないから格別の支障はない、との見解に立ち、先に確定した本件外国判決が優先する旨の法律論を弁論で縷々主張して右訴訟を維持、追行したこと、しかし、前記裁判所は結局被控訴人側の右見解には左袒せず、「内国判決と矛盾する外国判決は確定の前後に関係なく、民訴法二〇〇条三号の公の秩序に反するから、その効力を承認することはできない。」との理由で請求却下の判決をなすにいたつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

三そこで、被控訴人の提起、追行した本件執行判決を求める訴訟が控訴人主張のようにいわゆる不当訴訟に該当するかどうかを検討する。

民事訴訟は、一定の権利ないし法律関係の存否につき紛争が生じた場合にこれを解決する手段として設けられた公の制度であるから、右制度を利用して自己に有利な勝訴判決を求めるため訴を提起することは法の当然容認するところである。従つて、右訴訟制度の建前からすれば、訴を提起した者が結果的に敗訴したからといつて、そのことから直ちに訴の提起、追行が違法性を帯びて不法行為になるものではなく、それが不当訴訟として不法行為にあたるというためには、提訴者が権利のないことを知りながら相手を害するためその他紛争解決以外の目的のためにあえて訴訟の手段に出るなど、それ自体反社会的、反倫理的と評価され、公序良俗に反するような違法性を帯びる場合、または提訴者が権利のないことを比較的容易に知り得べき事情にあるのに軽卒、不十分な調査のまま権利があると誤信して訴を提起、追行する等四囲の情況からみて、これが余りにも不注意にすぎると非難されてもやむをえないような過失がある場合に限られると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、控訴人の主張は要するに、同一当事者間で同一の権利関係につき矛盾牴触する内、外確定判決が並存する場合に、外国判決について執行判決を求めることが許されないことは、全く異論を挾む余地がないほど明白な事柄であるのに、被控訴人があえて本件執行判決訴訟を提起した点に故意しからずとするも過失がある、というのであるが、右主張はたやすく肯認できない。すなわち、外国判決につき執行判決を求め得るためには当該外国判決につき民訴法二〇〇条所定の条件が具備されていることを要するが(同法五一五条第二項第二号)、内、外確定判決が牴触する場合の承認の成否については同条にも明文の規定がおかれていないので、結局法律解釈上の問題として解決するほかはない。ところで、この点につき我が国においては確たる裁判例がなく、学説としても、同法二〇〇条三号の解釈として内国判決に牴触する外国判決は同号の「公序」に反するとの見解がかなりの支持を得ていることは否定できないが(この見解によつても、両判決の確定の先後を問題とするか否かによつて説が分れるものと解される。)他方、内、外判決の牴触と公序違反とは異なる観念であり、右牴触の問題は確定判決の牴触の一般法理によるべきであるとの反対の見解も有力に主張されているのであつて(この見解についても立場により説が分れる。)、内国判決と牴触する外国判決について執行判決を求めることが許されることが許されるか否かの問題に関しては、控訴人のいうようにこれを否定する消極的見解が全く異論を許さないほど明白な定説とまではいえないのである(〈証拠〉によれば、控訴人は右問題に関し専門家の鑑定を求めたことが認められるが、右は上記事情を配慮したことによるものと考えざるを得ない。)。なお、〈証拠〉によれば、米国ワシントン州が我が国の判決を承認する要件は民訴法二〇〇条の規定と実質的に等しいか、より寛大であるとして、両者の間には同条四号の「相互の保証」があるとの有権的な解釈がなされているが、両者の要件の寛厳の度合等を適確に把握することは必ずしも容易なことではない。

従つて、本件の場合被控訴人から委任を受けた広川弁護士が前記認定の如き経緯、判断(確定の前後により決すべきであるとの判断)のもとに本件執行判決訴訟を提起、追行したものである以上、たとえその判断が裁判所によつて容認されず、結果的に敗訴するにいたつたとしても、明らかに争いのない初歩的な法律解釈を誤つたような場合と同視して、右代理人の行為を非難することは酷であり、このことは同弁護士がワシントン州法の前記規定の存在は右訴訟を維持するのに格別支障とならないと判断したことについても同様である(現に廣川弁護士に対する損害賠償請求訴訟は原審で棄却され既に確定済みである。)。まして、当該訴訟の本人である被控訴人は、このような純然たる法律問題については全くの素人であり、その道の専門家である廣川弁護士に右訴訟の提起を委任し、その判断に基づいて右訴訟を追行したものであるから(委任関係にある弁護士は、原則として依頼者の指揮監督には服さず、独立して職務を行うものと解する。)、その選任等につき落度でもない限り(本件においてはかかる主張、立証はない。)、被控訴人自身に不当訴訟にあたるような故意、過失があつたとは到底認め難いところである(従つて、また同弁護士を被控訴人の被用者とみて、その使用者責任を追及することも許さるべきではない。)。もつとも、前記認定の事実からみると、被控訴人は廣川弁護士に右訴訟の提起を委任した際、同弁護士に本件内国判決の存在を告げていないことが窺われるけれども、同弁護士自身が前示のような法的見解に立つものである以上、これを事前に知らされていたとしても、なお訴の提起に踏み切るよう被控訴人に提言したであろうことは容易に推測されるから、この点は別段右訴訟の提起に影響を及ぼすものではなく、従つて、これを特に取り上げて咎めることもできない。〈以下、省略〉

(日高敏夫 永岡正毅 友納治夫)

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